2021.1.8

【遊情ネット】複雑なゲーム性に引っ張られる「呼称」

パチンコの遊タイムやパチスロの6.1号機など、ゲーム性の拡がりに寄与する緩和措置が発表されてから、まもなく1年が経過します。この間、遊タイムは様々な仕様でその相性が模索され、今に至っているのは周知の通りです。一方、最悪の水準で推移する適合率を背景に、やや出遅れた感があったパチスロ機の6.1号機ですが、ここにきて当初目論まれたスペックではないものの、ポツポツと対応機がリリースされはじめています。

今後、旧規則機の撤去に伴い、離脱するユーザーが相当数生じてしまうであろうことは否めません。パチスロでいえば、4号機から5号機への移行時にも、同様の現象が顕在化しました。そのうち、ある程度の離脱層は低下した射幸性に「慣れ」ていくことで復活しましたが、「5号機ショック」から、辛うじて持ち直すことができたのは、やはり一定数の新規ユーザーが加わってきた点が大きかったと思います。ただ、その絶対数は年々減少の一途をたどっています。

今ではほとんどの機種が、何らかのコンテンツとのタイアップ機です。そのため、大当りが期待できる様々な状態に対し、そのコンテンツに関連した名称が付けられています。液晶描写や遊技説明を担う小冊子、ネット上の記事などでも、そのような表現がそのまま使われています。コンテンツを知っている人ならば、その名称自体は理解できると思います。しかし、それが何の状態を表すことなのか、どれくらい大当りの期待感があるものなのか、という適度な射幸心そそる核心部分が伝わりづらくなっている気がしてなりません。これはゲーム性の複雑化が新規参加のハードルを高くしているという以前の問題です。

せめて「確率変動」「魚群」といった名は体を表すようなネーミングが用いられたゲーム性や演出であれば、理解の一助になることは可能だと思います。しかし、機種ごとに多様な「〇〇チャンス」「〇〇ゾーン」などの名称が、果たしてプレイヤーの高揚感を刺激し、お金と時間を費やす動機に繋がっているかを、あらためて考察してみる必要性もあるのではないでしょうか