2022.10.3

人間ドラッカー超入門②  文筆家ドラッカーを生んだ倒産

今回はピーター・ドラッカーの10代後半から20代前半に焦点を当てて、彼の文筆家としての第一歩となる新聞記者の道に入るまでの、変化に富んだ青年時代を紹介することにする。

前号でも取り上げたように、両親がピーターの字のひどさを危惧して厳しい私立小学校に転校させたのだが、結局、彼の字に改善は見られなかった。しかし、成績は群を抜いており、小学校を1年飛び級で卒業し、国立のギムナジウム(中・高一貫の学校)に入学する。が、当時のギムナジウムは完全に大学受験予備校化しており、ピーターにとっては実につまらない授業ばかりだった。もっぱら授業中は机の下に歴史や文学の本を隠し読んでいたことを、ドラッカーは後に自著で述懐している。また、好きな読書以外では、サッカーに熱中し、所属したサッカー部では右ウイングのレギュラーポジションを与えられていた。

ピーターの父は、彼が弟ともども大学の医学部に進学することを願っていたが、ピーター自身は全く大学進学を考えておらず、早く社会に出て自立することだけを望んでいた。そして、その通り実行した。ハンブルクの貿易会社に見習い社員として就職したのである。ピーター17歳の時である。父親が経済大臣まで勤めた経済学者で、親戚の大半が大学教授という一族の中にあって、このピーターの選択は周囲を驚かせると同時にひどく失望させるものだった。父親の落胆にはピーターもこたえたようで、父親に喜んでもらおうという理由だけで、遅ればせながらハンブルク大学の法学部に入学する。この入学試験のために書いた彼の論文が非常に優れたものであったため、ドイツの有力経済雑誌に掲載されることになった。このことがきっかけとなり、当時その雑誌の副編集長で後に世界的な経済人類学者となるカール・ポランニーと出会うことになる。二人は生涯にわたって家族ぐるみの付き合いを続けた。

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