2024.3.27

【特別寄稿】水原一平通訳の違法賭博とギャンブル依存報道(都留文科大学 早野慎吾教授)

1.水原一平氏の違法賭博
2024年3月21日、大谷翔平選手の通訳をつとめていた水原一平氏が巨額の窃盗の疑いで20日にドジャースから解雇されたとセンセーショナルな報道がなされた。大谷選手の口座から少なくとも450万ドル(約6億8,000万円)が違法賭博の胴元に送金されたことがきっかけだという。開幕戦後にドジャースのクラブハウスで行われた緊急ミーティングで、水原氏は自らがギャンブル依存であり、大谷選手がギャンブル借金を肩代わりしたと伝えたらしい。水原氏の違法賭博問題がギャンブル依存問題と結びつけられたのである。ギャンブル依存は行動嗜癖(addiction)であり、ギャンブルをやめたくてもやめられない状態をいうので、水原氏はギャンブル依存であったのだろうと想像できる。

2.ギャンブル依存の特徴「嘘をつく」
アメリカの精神医学会はギャンブル依存の診断基準であるDSM-5を定めている。基準は9項目あり、その7項目に「ギャンブルへののめり込みを隠すために嘘をつく」がある。3月26日、大谷選手は記者会見で水原氏が「みんなに嘘をついていたというのが結論」と語っていたが、嘘をつくのはギャンブル依存の特徴のひとつである。ギャンブル依存者は、家族や親友にも嘘を言って、賭博行為を正当化したり隠したりするようになる。日常生活では、面倒な人に対して「忙しいから」と軽い嘘をついて逃げることはよくあると思うが、ギャンブル依存は深刻で破滅的な嘘をついてしまう。水原氏の賭博行為に係わる内容は、嘘をついている前提で考える必要がある。

水原氏のケースは、一般のギャンブル依存問題と分けて考える必要もある。それは、使用金額の大きさから詐欺的手法で違法賭博に入り込まされた要素も考えられるからである。これは、有名芸能人に近づいて薬物を使用させる手法に近い。薬物の売人や違法賭博の関係者は、ターゲットを依存者にするノウハウを知っており、金銭を搾り取ろうとする。各種の報道機関では、水原氏の問題では、ギャンブル依存の恐ろしさを報道しているが、私は胴元による詐欺的手法の有無が気になる。

3.報道の問題点
水原氏の証言が、19日と20日で大きく変わったことが話題になっている。19日は、大谷選手が了承して自分の借金を肩代わりしてくれたとコメントしていたのに、翌20日は、大谷選手は水原氏のギャンブル依存やギャンブルによる借金など知らず、大谷選手は胴元に送金もしていないとコメント内容が変わったのである。ギャンブル依存者の賭博行為に関する発言は嘘が多いので、その場の都合でコロコロ変わる。大谷選手側の弁護士は、「水原氏にお金を盗まれた、つまり窃盗事件としてこれを当局に委ねるという告発をした」とコメントしている。これに対して、東国原英夫氏は「やっぱりあの最初の19日の水原一平氏の証言が真実、事実に近いんじゃないかなと思うんですね」とし「僕が推測するに水原氏も大谷選手もそれが違法だとは思っていなかった、違法賭博だとは思ってなかったんじゃないかなと思う」と語った(日刊スポーツ3/22)。憶測に憶測を重ねて憶測の雪だるま状態になっている。

なぜ、専門家でもない東国原氏の憶測発言を報道機関が大きく扱うのかが疑問である。私はギャンブル依存の研究を行っているが、ギャンブル依存者のギャンブル借金に関する発言は、基本的に「保留」として扱う。それは、既に述べたとおり嘘が含まれることが前提だからである。賭博以外のことはわからないが、少なくともギャンブル借金の内容は、何が本当で何が嘘かの判断は早急にすべきではない。東国原氏の発言は、世間の思想を間違った方向にミスリードした危険性がある。心理学でアイドリング効果とよばれる現象で、最初に与えられた情報に意思決定が左右されてしまう効果である。東国原氏の発言で19日の水原氏の言動が事実だと思い込んでしまう人もいたのではないかと思う。

実際、思うのは自由なのだが、一度思い込むとその後に事実が判明しても修正が効かなくなることもある。えん罪事件の多くは、捜査官の間違った思い込みで生じる。これを確証バイアスというが、人は自らの思い込みを強化するために、都合のいい情報や思い込みを正当化する情報を集める傾向がある。一度思い込んだ内容は、修正しにくくなる。そして、思い込みは偏見につながる。

近年、自分の意見を持って主張することがいいことのように扱われている。現代の情報化社会では、「保留」して結論を急がないことも大切である。

 

筆者紹介:早野慎吾(都留文科大学 教授)
神奈川県出身 専門は言語心理学、社会言語学。1992年上智大学大学院文学研究科修了。常磐大学講師、宮崎大学准教授などを経て2012年より現職。言語とパーソナリティの関係を中心に研究していたが、通勤時、立川駅前で開店前のパチンコ店に毎日のように客が並んでいる様子を見て、パチンコ関連の研究を始める。現在、パチンコを中心としたギャンブル依存問題とAIによる人形浄瑠璃ロボットに関する研究を行っている。著書『首都圏の言語生態』、『パチンコ広告のあおり表現の研究:パチンコ問題を考える』など多数。

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