2023.4.25

優秀な人材の獲得、離職防止に求められる ワークライフバランス実現に向けた環境整備

思い切って大きな決断をする意のことわざといえば、「清水の舞台から飛び降りる」。清水とは京都市東山区にある清水寺の本堂のことで、高さは約13メートルあります。江戸時代に、「ここから飛び降りて生きていたら願いが叶う」との話が広まり、たくさんの人が勇気を振り絞って実際に飛び降りたのだとか。

1694年から約170年にわたる記録書「清水寺成就院日記」によると、234人が飛び降り、34人が命を落としたそうです。死亡率は14・5%。相当の覚悟が必要だったに違いありません。

今回は、清水の舞台から飛び降りた求職者と、その気持ちを受け取ったホール企業の実例を紹介したいと思います。

ベテランスタッフも苦慮する仕事とプライベートの両立

三浦さん(仮称)は、パチンコ業界一筋に働いてきたベテランです。

新卒で準大手のホール企業に就職し、パチンコ好き、かつ努力家だけあって、めきめきと頭角を現します。数年後には、知り合いを通じて大手企業に転職。大型店を任され、昇進し、グランドオープンを任され、さらに昇進し、エリア長に。当然、忙しいのですが、攻めの姿勢で高稼動店を仕切っていることは何物にも代え難く、幸福感に満ち溢れていました。

一方で、プライベートも充実。結婚して子宝にも恵まれ、家族との将来を見据えて新築一戸建てを購入。そして、仕事とは一味違う家庭という幸福感をかみしめることに。こうなると、仕事と家庭の両立に悩むようになってくるのが人の常。妻子と一緒にいる時間を増やしたいが、仕事をおろそかには出来ない。ましてや、自分の大好きな仕事をしているわけで、しかも責任がある立場。

三浦さんは、悩みに悩んだ末、退職を選択しました。そして、家から通える関東某所の地元密着型の小規模なホール企業に就職。今まで在籍していた企業とは違い、限られた予算での営業に時折、物足りなさを感じることもありました。それでも好きな仕事をしつつ家族を大切に出来るわけですから、良い決断だったように思えます。

しかし、この生活は長続きしませんでした。社運をかけた新店のグランドオープンがコロナ渦と重なるという、まさかの事態に。既存店の営業も悪化の一途を辿り、その影響からやむを得ず倒産という痛恨の結果になってしまったのです。

他の業種では得られないパチンコ業界の「働きがい」を再認識

三浦さんは40代。妻子と持ち家があります。早急に何とかしなければいけません。

手っ取り早く就職出来そうな異業種、具体的には不動産屋、自動車のディーラー、タクシー会社に次々とアプローチしました。人手不足の企業に、努力家で仕事に真面目な人が応募するのですから、いくら40代とはいえ反応が悪いわけはありません。内定までもう少しというところまで、トントン拍子に進みます。

と、このタイミングで三浦さんは自問自答。「本当にパチンコ業界を離れていいのだろうか。自分は、店舗を繁盛させるために考えを巡らせ、客席が埋まっていく姿を見るのが何よりも好きで、楽しい。そのための努力は苦にならない。ほかの業界で、同様の充実感が得られるだろうか」と。そして、ホールで働きたいという強い想いを再認識し、すべての応募を取り止め、ホール企業に絞って就活を進めることに。すると、短期間のうちに、立て続けに朗報が舞い込みます。自宅から少し遠いものの通勤可能な関東のA社、引っ越し必須な関西のB社、この2社から内定をもらったのです。どちらの企業も複数の店舗を所有しており、中型店から大型店を展開しています。

ここで三浦さんが選択したのは、関西のB社でした。しかも、単身赴任ではありません。仕事と家庭の両立を絶対条件だと考えていますから、一家で転居するというのです。購入して数年しか経っていない一戸建ては、思い切って売却。これこそが、本当の意味での「清水の舞台から飛び降りる」ではないでしょうか。

それにしても、なぜそこまでして関西のB社を選んだのか、疑問が残ります。三浦さんは面接の場で、これまでの経緯、自分のスキル、大型店舗を差配する喜び、パチンコ業界への想い、今後どう働きたいかなどを包み隠さず伝えました。まず間違いなく、覚悟がにじみ出ていたはずです。

A社は、「入社した場合はX店(中型店舗)に配属する」と伝えました。お互いにとって過度なプレッシャーがかからない働き方を提示し、状況に応じて大型店舗への異動を考えるという姿勢です。B社は、初めからY店(大型店舗)に配属することを確約しました。三浦さんの想いと覚悟を真摯に受け止め、どの店舗が最もスキルを発揮出来るかと考えて結論を出したのです。「B社の想いに心が震え、最後はその期待に応えたいという気持ちに至った」と、私の疑問を晴らしてくれました。

従業員の就業意欲を高める働く場としての魅力創出

右肩下がりの業界ですし、新型コロナの影響も甚大ですし、出来るだけリスクを避けようとする求職者と企業が多いことは事実です。それを否定するつもりはありません。

しかし、三浦さんのように覚悟をもって業界で働きたい人はいますし(家を売却する人は少数派でしょうが)、それに応えるB社のような企業があることも事実です。ネガティブな情報ばかりに目を向けるのではなく、まだまだポジティブな事例があると改めて感じてほしいと願ってやみません。もっと言わせてもらえれば、読者の皆さまが、自社や自店がポジティブな事例の一つになれるように考えてもらえればと思います。

お、個人情報保護の観点により三浦さん一家が今、清水寺の近くに住んでいるかどうかは申し上げられません。

筆者紹介:嶌田堅一(しまだ・けんいち)
キャリアコンサルティンググループ
マネージャー

大学卒業後、㈱パック・エックスに入社。人材紹介事業を10年以上経験、国家資格キャリアコンサルタントを取得。これまで2000人以上の支援を行っている経験・実績豊富なアドバイザー。

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