2022.9.27

人間ドラッカー超入門①  ピーター少年を育てた大人たち

ピーター・ドラッカーは、「マネジメント」という言葉を作り出し、概念化と体系化を成し遂げた文字通り「マネジメントの父」である。今回から彼の魅力ある人物像と膨大な思想の全体像に光を当てながら、より身近にドラッカーを感じ、その深みを味わうことを目的にこの連載をスタートさせたいと思う。

まずは、筆者とドラッカーとの接点について述べておきたい。今から30年以上前、大学院の博士課程で経営学を学んでいた頃の話である。多忙な指導教授に代わって行動科学のゼミナールの指導をしていた。正規のゼミナールの授業のほかに、サブゼミと称して週2回の補講が行われ、そのサブゼミのテキストとして、毎年ドラッカーの著作を取り上げていた。指導する立場から必然的にドラッカーの著作を精読せざるを得ない状況に追い込まれ、自身の研究テーマとは別に彼の著作に日常的に触れることになった。

この大学院時代の貴重な経験は、ドラッカーがいみじくも自らを社会生態学者と呼んだように、生身の人間によって構成される社会的機能という視点から企業を捉えることの大切さを知る契機となった。そして結果的には、そのことが学者としての道ではなく、コンサルタントとしての道を選ぶ遠因にもなった。言うなればドラッカーは筆者にとって人生の恩人でもある。新連載を始めるにあたって、ドラッカーの名前が出た時に、迷うことなくお引き受けしたのはこのような背景があったからである。この執筆の機会を頂いたことに感謝している。

それでは、「人間ドラッカー超入門」を始めることにしよう。今回はピーター・ドラッカーの少年時代に焦点を当て、その精神形成期がどのようなものであったかを紹介したい。というのも人間ドラッカーを語るには、彼の桁違いに恵まれた家庭環境について触れざるを得ないからだ。

彼の父アドルフはオーストリアの経済省の高級官僚で、後に大臣も務めた経済学者であり、母カロリーネは医学を勉強した経歴の持ち主であった。この両親の専門的知識をピーター少年は幼少の頃から日常的に耳にして育っている。ドラッカーのマネジメントに関する著作の中に例え話として医学の話が頻出するのは、紛れもなく母カロリーネの影響によるものだ。さらに、彼の叔父はウィーンで判事を務めた屈指の法学者であり、彼の祖母はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団でピアノ・ソロを務め、なんとあのマーラーの指揮で演奏もしている音楽家であった。ドラッカーが最初に手掛けた論文が国際法に関するものであったのは、この叔父の影響が少なからずあったと思われる。

このようにピーター少年の周りには、それぞれの分野で一流と言われる大人たちが数多く存在していたのである。また、父アドルフは毎週のようにパーティーを開き、各界の著名人を自宅に招いて歓談していた。経済学者や法学者は勿論のこと、文学者、詩人、建築家、音楽家、劇作家、女優、医学者、心理学者、数学者、哲学者など実に幅広い分野から招かれ、その中にはあの精神分析の創始者フロイトもいたという。ピーター少年は、これらの人たちが父親とかわす会話をそばで聞き続けていたのである。何と幸福な、そしてなんと恵まれた少年時代だろう。彼の博覧強記とも言える膨大な知識の基盤は、既にこの時代に作られていたのである。

ピーター少年は優れた教師にも恵まれる。その後のドラッカーの人生行路に、決定的な影響を与えるミス・エルザ先生との出会いである。その出会いは、両親がピーターの字があまりにも下手であったことを危惧して、小学3年生まで通っていた公立学校から指導の厳しい私立の小学校へ4年次進級に合わせて転校させたことから生まれた。エルザ先生はピーター少年に毎週その週の学習計画と学習目標を書かせ、週末にその結果について自己評価させるというやり方で、計画の実行に対する責任意識を身に着けさせる教育を実践する人だった。後にドラッカーが考案した「目標と自己統制による管理」すなわち「目標管理」の考え方は、まさにこの時代にその原点があったと言える。また、エルザ先生は、ピーター少年の文才をいち早く見抜き、週2本の作文を課して彼の才能を引き出すことに努めている。このエルザ先生の薫陶がなければ「文筆家・ドラッカー」の誕生も、またなかったのである。

偉大な人物の誕生には必ずその背後に良き師の存在がある。少年ピーター・ドラッカーは、このように多くの優れた大人たちの手によって育てられたのである。

筆者紹介:二瓶正之(にへいまさゆき)

Jinkanryoku(人間力総研㈱)代表。シンクタンクで余暇研究に関わり、短大講師としてドラッカーを教え、大手コンサルティング会社で組織の活性化を手掛けた後、ホール企業の組織活性化に関わる。現在、「Jinkanryoku」と「ドラッカー理論」をべ―スに研修や講演を行っている。人と組織の状況に即した柔軟な対応を大切にしながら、プログラムのカスタマイズを得意としている。
m.nihei@jinkanryoku.co.jp

 

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