1.ギャンブル依存関連の講演

10月、「そんなにパチンコが悪いのか」と題する講演を中野サンプラザで行ったのですが、どうも評判がよかったらしく、今年になって同じテーマでの講演依頼が数カ所から来ました。大規模な継続調査を報告したこともありますが、それよりもギャンブル依存とパチンコ業界の関係についてわかりやすく解説したことがよかったようです。

私は、聴衆が何(どのような話題・内容)を望んでいるかを基本に話を組み立てます。大学では「この学力では授業についてこられない」という台詞が日常的に聞かれますが、私からするとこれは教員の勝手な都合に過ぎません。授業内容を相手に合わせればいいだけの話です。私は小学校の児童でも博士課程の大学院生でも授業ができます。以前、やや勉強に不慣れな大学生たちを担当した際、教科書を使わずに、街にでて看板やポスターに書かれていることばで言語現象を説明していったことがあります。教科書を使うより効果がありました。要するに、聞き手に合わせた説明が必要なのです。

講演の依頼を受けるときは、依頼者の希望をじっくりと聞いてから内容を組み立てていきます。依頼が来た遊技業協会担当者から話を聞くと、どうも統合型リゾート施設(IR)関連の関心が高いようです。

2.統合型リゾート施設

最近、大阪でIRの整備計画に国がOKを出したことが話題になっています。そのリゾートにカジノが含まれることで、さまざまな懸念事項が出ているからです。大阪府は「IR整備法による規制に加え、大阪独自の対策を講じ、懸念事項の最小化を図ります」とホームページでアピールしており、そこでシンガポールの例を挙げて、「シンガポールでは、国家依存症管理機構(NAMS)を設立」して、「IRのオープン前から国をあげて依存症対策に取り組むことで、オープン後の方が、『ギャンブル等依存が疑われる者等』の割合が減少したという実績」があることを強調しています。

シンガポール国立大学のムニダサ・ウィンスローらの研究(2015.6)「シンガポールにおけるギャンブル:歴史、研究、治療、政策の概要(Gambling in Singapore: an overview of history, research, treatment and policy)」では、確かにシンガポールではギャンブル依存症の有病率が減少していることが報告されています。ただし、Channel NewsAsia(2015.7)「ギャンブル依存症:過去3年間で症例60%増(Problem gambling: 60% more cases seen in last 3 years)」によると、タイ・フアクワン問題ギャンブル回復センターと国家依存症管理機構(NAMS)では、2012年から2014年の間に、2009年から2011年と比較して症例が60%増加したことを報告しています。シンガポールの例は慎重に扱う必要がありそうです。

そこでは、2010年にオープンしたシンガポールのカジノが2013年までに総収入は76億6,000万シンガポールドル(1シンガポールドルは約100円)に達したと書かれており、大きな収入を得ていることがわかります。私は、これらの状況から、もっと詳細な依存症調査のデータを見たくなりました。

ちなみに、ギャンブル依存症例が増えた理由として、タイ政府はギャンブル依存に関する国民の意識が高まって支援を求める行動が促進されたためと、都合のいい解釈をしています。この理屈では、依存症者が増えても減っても成功になるからです。シンガポールではカジノだけでなく他のギャンブルの売り上げも増加しているようなので、カジノがどの程度ギャンブル依存に関与しているのかはわかりません。

大阪府がギャンブル依存対策に力を入れるのはよいことなのですが、日本(特に大阪)の実情を精査した上で実施する必要があります。そして、ギャンブルはギャンブル業界全体で対策を講じるべきであり、くれぐれも、パチンコ業界をスケープゴートにすることは避けて欲しいところです。

筆者紹介:早野慎吾(都留文科大学 教授)
神奈川県出身 専門は言語心理学、社会言語学。1992年上智大学大学院文学研究科修了。常磐大学講師、宮崎大学准教授などを経て2012年より現職。言語とパーソナリティの関係を中心に研究していたが、通勤時、立川駅前で開店前のパチンコ店に毎日のように客が並んでいる様子を見て、パチンコ関連の研究を始める。現在、パチンコを中心としたギャンブル依存問題とAIによる人形浄瑠璃ロボットに関する研究を行っている。著書『首都圏の言語生態』、『パチンコ広告のあおり表現の研究:パチンコ問題を考える』など多数。
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