2024.2.20

貴重な人材が不可解な理由で退職 その裏にある企業理念との関連性とは?

昨年12月、大谷翔平選手がロサンゼルス・ドジャースへの移籍を決め、7億ドルという桁違いの契約金とともに大きく報道されました。彼は高校生のときからメジャーリーグにあこがれ、日本ハム・ファイターズを経て2018年にロサンゼルス・エンゼルスに入団。その後の活躍は、誰もが知るところです。

原動力となっているのは、野球が大好きであることと、向上心、世界一になりたい強い想いと言っていいでしょう。ドジャースの理念や、巨額の契約金に惹かれたのではなく、自己実現のための選択を続けているにすぎないはずです。

さて、もう少し身近な話をすると、就職に関しては、まず、野球がしたい、文章を書く仕事がしたい、医療に従事したいなどの自分の想いがあり、それに見合う会社を探すのがメジャーなパターン。いくつか面接を受ける中で、企業理念に共感し、給与や福利厚生などの条件を度外視してまで「ここで働きたい」と思える会社に出会える人は、かなり幸運だと言えるでしょう。

そして、それに当てはまる人も当然います。企業にしてみれば価値のある人ですから、それに能力が伴うともなれば幹部候補と目しますし、絶対に手放したくない人材と言って間違いありません。

今回は、それに該当する方の不可思議な事例をご紹介します。

優秀な副店長が退職 理由は腑に落ちないものだった

三木さん(仮称)は、新卒入社したA社で約20年も勤めているベテランで、副店長。その仕事ぶりは後輩たちのお手本になっており、社内で何度も表彰されるほど高く評価されています。就職活動を行っていたとき、社長の「業界を良くしたい!」という強い言葉に感動し、入社を決意。行き詰まった際にもその言葉を思い出し、一心不乱に前進を続けていたのです。

そんな彼が数ヶ月ほど前、当社に相談に訪れました。退職してきたというのです。余程のことがあったに違いないと話を聞くと、どうにも腑に落ちません。「家族の看病が必要になり、長期の休みを取らなければいけないので、同僚たちに迷惑を掛けるくらいならと退職を決めた」、とのことでした。状況を詳しく伺ってみると、医師からは「3ヶ月もすれば容体は落ち着く」と言われているとのこと。優秀な人ですから、会社に訳を話せば有給休暇や特別休暇がもらえるはずで、辞める必要性を感じられません。

現在は快方に向かい、自分もそろそろ新たな仕事を探したいと転職活動を始めたわけです。私としては退職理由に違和感がありましたが、それ以上に“会社との信頼関係がありながら、これまで積み上げてきたキャリアを捨てる背景を見つけられない私自身”に苛立ちを感じていました。

ご本人の希望もあり、いくつかの企業を紹介し選考の場をセッティング。そして、面接が終わるたびに採用担当者から同じことを言われるのです。「非の打ち所がない人材。ぜひ入社してほしい。しかし、なぜ前の会社を辞めたのでしょう?」と。

会社に変わってほしくないが変えざるを得ないジレンマ

結局、三木さんは複数の企業から内定をもらい、その中からB社を選択。約20年前のA社によく似た企業だったことから、本当の退職理由が何となくわかりました。

実家の件は「前職を否定したくない」「想いを守るため」の理由付けだったと言えそうです。三木さんはA社が大好きで、愛社精神が強い人。しかし、どんな企業でもそうであるように、A社も時代とともに変わっていきました。規則改正やコロナ禍などがわかりやすい例でしょうか。一般論としては、髪色は黒のみと規定していたのを明るめの色でもOKとしたり、出社時はスーツ着用と義務付けていのを私服可にしたりと、時代によって変わっていきます。

三木さんも時代に合わせて会社を変化させる努力を行い、職務を全うする中で、葛藤することが増えていったようにも感じ取れます。そして、会社のためにという強い責任感を持っていたからこそ、折り合いを付けるのが難しくなってしまったのかもしれません。

企業は時代に合わせて変化していくべきで、それが出来なければ淘汰されてしまうおそれがあります。ですから、A社を悪く言うことは出来ませんし、それは三木さんが誰よりも理解しているはずです。

理念重視タイプの人材とは 意識のすり合わせを

現在は、人材にとって自分の想いを実現しやすい時代。終身雇用からジョブ型雇用に移行しつつありますし、例えば現場で接客もするが店内POP作成も担当するスタッフが、「デザイン一本に絞りたい」と退職することも珍しくありません。

そういった中で、三木さんのような理念を重視するタイプは非常に貴重な人材です。A社としても「退職してほしくなかった」はずですが、だからといって時代に合わせた変化をしないわけにもいかない…。

月並みな結論ですが、A社と三木さんは密に対話すべきだったのではないでしょうか。人の価値観が大きく変わることは稀ですから、企業が少しでも変化する際に、意識のすり合わせを行っておけば、また違う結果になっていたかもしれません。三木さんに限った話ではなく、人材が中堅以上であれば、ボタンの掛け違い一つが離職につながる危険性があるものです。

今でも、退職せずに丸く収まることが出来た事例だと思っており、両者に明るい未来が待っていることを願うばかりです。もちろん、自分の想いを実現していく象徴とも言える、大谷選手のさらなる活躍も。

紹介:嶌田堅一(しまだ・けんいち)
キャリアコンサルティンググループ
マネージャー
大学卒業後、㈱パック・エックスに入社。人材紹介事業を10年以上経験、国家資格キャリアコンサルタントを取得。これまで2000人以上の支援を行っている経験・実績豊富なアドバイザー。

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